東京高等裁判所 昭和46年(け)6号 決定
本件異議申立の理由は、右弁護人ら連名提出の「忌避申立簡易却下決定に対する異議申立書」記載の通りであり、その要旨は、弁護人山根二郎は、当庁(第七刑事部)に係属する前掲被告事件に付ての昭和四十六年二月十日の第二回公判期日に於て、該被告事件を含めて当庁十一箇刑事部に係属する二十三グループの所謂東大事件の弁論の併合を請求したところ、右第七刑事部裁判長裁判官栗本一夫は、右弁護人の弁論併合請求に付ての意見を聴こうともせず、極めて強権的に審理を急ごうとしたので、斯くては同裁判官に該被告事件に付て公正な裁判を期待することができないとして、同裁判官を忌避する旨申し立てたに拘らず、右第七刑事部が該申立を「訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立」と認めて簡易却下したことは違法であるから、右却下決定を取り消し更に相当の裁判を求める、というに在る。
仍て審按するに、
(一) 前掲被告事件に付ての昭和四十六年二月十日の第二回公判調書に依れば、右第二回公判期日以前の昭和四十六年一月十九日に、本件異議申立人らを含む東大闘争弁護団名義の右同日付、東大事件の控訴審に於ける弁論併合請求に付ての意見書(以下、意見書という、本件異議申立書添付のもの)が第七刑事部に提出されている事実が認められるから、所論併合請求の当否に付ては、同裁判所に於て右第二回公判期日以前に予め十分に検討、評議する機会が有つたと言い得る許りでなく、右第二回公判期日に於て、栗本裁判長は、山根弁護人に所論併合請求に付て意見陳述の機会を与え、その意見を聴いうえ、右併合請求却下の決定を宣し、その後に於ても猶同弁護人に右請求に付て意見陳述の機会を与え、遂にはその意見陳述の時間を制限せざるを得ないに至る迄相当長時間に亘り同弁護人の繰り返し同趣旨の意見を聴聞した事実が認められるから、同裁判長が弁護人の併合請求に付ての意見陳述を理由無く遮り、その意見に耳を藉そうともせず強引に訴訟手続を進行させようとしたとか、或は同裁判所が弁護人の併合請求に付ての意見を十分に聴かないで軽々しく右請求を却下したと非難するのは失当である許りでなく、
(二) 前掲第二回公判調書に依れば、栗本裁判長は、所論併合請求を却下する決定を宣した後、山根弁護人の重ねての併合請求に対し、併合はしない旨告げたうえ、弁護人らに控訴趣意の陳述を促したところ、同弁護人は猶右請求を固持して譲らず、再度控訴趣意の陳述を促されるや、同裁判長が併合請求に付ての弁護人の意見陳述を排して審理を強行することは、同裁判長が原審に於ける違法、不当な分割審理を適法なものと決めてかかり、本件控訴を棄却すべきものとする予断を抱いている為めであるとしか考えられないとして、本件忌避申立に及んだ事実が認められるが、
(1) 弁論の併合を適当と認めるか否かは、事件の性質、その他諸般の事情に照らし、裁判所に於て自由裁量に依り之を決定し得べきものであるから、苟も前叙の如く裁判所(第七刑事部)が、第二回公判期日以前及び第二回公判期日に於て所論併合請求の当否に付て右の諸事情を考慮し、十分に検討のうえ、併合を適当でないと認めて併合請求を却下した以上、右却下決定に違法の廉は無く、裁判所が弁護人の併合請求を容れなかつたからとて、之を以て直ちに同裁判所の裁判長が事件に付て不公平な裁判をする虞が有ると言えないのは勿論のこと、前叙の経緯に鑑みるときは、事件の審理に付て誠意と公正とを認めるに足るべき形迹が有るとは認め難く、
(2) 所論併合請求は、前掲意見書及び第二回公判期日に於ける山根弁護人の意見陳述に依れば、原審に於ける分割審理の違法、不当を明らかにする為めには、控訴審に於て所論二十三グループの所謂東大事件を併合審理すべきであることを骨子とするのであるが、抑原審の訴訟手続が具体的に如何なる点に於て違法、不当であるかは、弁護人に於て一先ず控訴趣意の陳述に依つて之を主張し、必要とすれば事実の取調を請求して之を立証すべく、その結果に基づいて控訴裁判所が判断のうえ相当な裁判を為すことと成るのであつて、その判断の帰趨は兎もあれ、先ず以て控訴趣意書に基づく弁論が開始され、事件が控訴裁判所の審理の軌道上に乗らない限りは、控訴裁判所として原審の訴訟手続の適否を判断し然る可き裁判を為すに由なきものであることは、控訴審の訴訟手続に関する刑事訴訟法の諸規定はに照らし疑問の余地の無いところであるから、栗本裁判長の前叙措置は、控訴裁判所の裁判長として執るべき極めて当然の訴訟指揮と言うべく、それにも拘らず、這般の事由を弁えないではない弁護人が、依然併合請求を蒸し返して控訴趣意の陳述を肯ぜない許りか、同裁判長の右措置を目して、所論の如く予断と偏見とを以て不公平な裁判をする虞が有ると做し、同裁判長を忌避する旨申し立てるが如きは、忌避申立の事由とも成り得ないことを理由として忌避の申立を為すものに他ならず、忌避申立権を濫用し、徒に訴訟の進行を阻碍する結果を惹起するに過ぎないものと言わざるを得ず、
(三) 加うるに、前掲意見書及び第二回公判期日に於ける山根弁護人の意見陳述に依れば、同弁護人等は、既に本件が原審に係属当時から、統一審理を要求していたことが認められるから、若しその理由を以て控訴審に於ても弁論の併合を請求するというのであれば、当然控訴審の冒頭に於て右の請求を為すべきであつたに拘らず、昭和四十五年十二月四日の控訴審第一回公判調書に依れば、同弁護人等は、右第一回公判期日に於ては、斯る請求を為さなかつた許りか、弁護団で協議の末、次回若しくは遅くとも次々回公判期日には控訴趣意の陳述を終了する旨栗本裁判長に確約したことが認められ、然ればこそ、同第二回公判調書に明らかな通り、同裁判長は第一回公判期日に於ける右約束に基づいて控訴趣意の陳述を促したところ、前述の如く、山根弁護人は新たに弁論併合問題を持ち出し、之に固執して約束の控訴趣意の陳述を肯ぜず、同裁判長が遂に、併合問題は打ち切り控訴趣意を陳述すべき旨繰り返し促すや、当らざるも甚だしい非難を同裁判長に浴びせ、忌避申立の事由とも成り得ないことを理由として忌避の申立を為すに至つたのであるから、
以上の経緯に鑑みると、本件忌避の申立は、刑事訴訟法第二十四条第一項前段にいう「訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立」に該当すると言うの他なく、之と同旨に出て該申立を却下した原決定は正当であり、本件異議の申立は理由が無い。
(八島 栗田 中村)